BLOGTachibana の日記
寅草紙〜とらそうし〜 其の五
2022.9.9この寅草紙では、「寅印(とらじるし)」についての想いや取り組みを綴ります。
寅印とは、原料となる楮(こうぞ)の栽培から紙漉きまでを、当工房で一貫して行っているオリジナルブランドです。
【粗皮取り】
春。乾燥して一時保存しておいた黒皮を、一昼夜水に浸して戻します。
黒皮の表皮と、表皮の下の緑色の部分(形成層)を包丁で削り取る、これを粗皮(そひ)取りと言います。
この時、この形成層を半分程度残すのが、元々の桐生紙のやり方です。
こうして出来上がった物を「白皮」と言います。正確には緑色の部分を残すので「ナゼ皮」でしょうか。当地では「ナデッカズ」と言っていたと思います。
表皮を取り除いて「黒皮」から「白皮」になる、というのが説明として分かりやすいように思うので、私は便宜上「白皮」と言ってしまうことが多いです。
緑色の部分を残すので、紙の出来上がりも色が濃く、やや緑がかって見えます。この部分を残すことで紙がピリッとする、と言われています。
ただ、昔と違ってビーター(今後の作業工程で登場します)も使いますし、水やネリもふんだんに使って、より繊細な物を作ろうと考える現代において、この緑色の部分を残すやり方をどれだけ生かせるか…。今の私の課題なのです。
茶色い表皮は薄くペラペラしていて、一度削り取ったものでも白皮にまとわりついてきます。そのため軽く洗って水を切ってから乾かします。
黒皮の時と同様に、一掴みずつ束ね、竿にかけて乾かします。一掴みの中の一本を使い、ぐるぐると巻いて束にしているので、巻いたところは乾きにくくなります。巻いていない下の方がパリパリと乾き始めたら、巻いたものを解き、乾いたところで巻き直して上下逆さにして乾かします。この時乾いて硬く、竿にかかりにくくなっているので、二束をひとつにくくり、竿にかけます。これを「結い目返し」といいます。
こうして白皮にしておけば、何年でも保存が効くと言われています。しかし虫食いなどのリスクが無いとは言い切れないので、早めに使い切るようにします。
─────
冬場は紙漉きに専念し、春に粗皮取りをするのが当工房のやり方です。
祖父が農閑期の副業としてやっていた頃までは、お彼岸を目安にしていたそう。春彼岸を過ぎると水もぬるみ、紙漉きのシーズン終了とし、粗皮取りに取り掛かったのだとか。出来上がった白皮は夏場は保管し、次の冬がやってきたら紙漉きをしていました。
現在は9月から6月まで紙漉きを行いますので、4月もまだまだ紙を漉きたい…。そこで、ここ最近は4月下旬から5月上旬に粗皮取りを行っています。自家栽培の原料は少量なので、次の冬に紙にします。5〜6月は購入した白皮を使い、賞状用紙などを作っています。
このように現在私が作っている紙は、大きさは名刺から全紙まで、厚さもはがきのように両面に書いて使える程のものからとても薄いものまでさまざま。薄くて繊細なものは寒の時期に、小さくて厚いものは比較的時期を選ばないので春や秋に…と、季節を見ながら作業をしています。
独りの工房になってしまい、それでも出来るだけ生産量を落とさないようにするにはどうしたらよいか。そんなことを考えて、季節に見合った作業を、というのを以前にも増して意識するようになりました。
後で改めて説明することになると思いますが、紙漉きは水の冷たい冬場が最盛期。当工房では7、8月をシーズンオフとし、紙漉きをお休みします。それならばその7、8月に粗皮取りを行えばよいのでは?と思われるかもしれませんが、そうはしない理由があるのです。
粗皮取りを行わず黒皮のまま置いておくと、カビが生えてしまいます。5月も下旬になると湿気も多くなり、梅雨時を待たずしてカビの脅威にさらされます。ですから4月下旬には「今のうちに出来るだけ紙漉きしたい」「いや、カビが生える前に粗皮取りしなくては」と、悩ましい日々を迎えることとなります。
もう20年以上前になりますが、9月初旬に両親と私で研修旅行をしていた時期がありました。高知を皮切りに、毎年、美濃や石州、越前などなど、和紙の産地を訪ねておりました。
冬場に見学したいのは山々ですが、自分達のシーズンオフを利用してですので、作業が見られなければ場所だけでも…そんな思いでした。
高知の原料屋さんを訪ねた際に驚いたことを、今でもよく憶えています。夏場なので、その土地や場所の雰囲気だけでも、というつもりで行ったのに、なんと、ミツマタの粗皮取り(現地での言い方は忘れてしまいました)を行っていたのです。
「この時期にやってカビませんか?」と質問したところ、「カビ?」と不思議そうな顔をされました。それ以上は質問をしなかったので、彼の地の事情はあまり深くは知りませんが、所変われば…と、とても印象に残った出来事でした。